宮崎地方裁判所 昭和42年(行ウ)1号 判決 1969年3月24日
原告 後藤宰
被告 宮崎県東諸県郡国富町長
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、当事者双方の申立て
(一) 原告「被告が原告に対し、昭和四一年一二月一五日付でなした「給料の一〇分の一を昭和四一年一二月一五日から、昭和四二年六月一四日まで減ずる」との処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。
(二) 被告、主文と同旨の判決を求めた。
二、原告の請求原因事実
(一) 原告は昭和二五年九月一日付で国富町職員となり昭和四一年四月一日より同町総務課消防防災係長となり現在に至つている。
(二) 請求の趣旨記載の本件処分当時原告は国富町より月四万六、八〇〇円(国富町職員の給与に関する条例第三条による行政職給料表二等級八号俸)の支給を受けていた。
(三) ところが被告は原告に対し昭和四一年一二月一五日付で請求の趣旨記載の処分(以下本件処分という)をなした。
(四) 然しながら、右処分は何ら理由のない違法なものであるので、その取消を求めるものである。
三、被告の右に対する答弁と抗弁
(一) 答弁 原告の請求原因事実(一)ないし(三)は認める。(四)については否認する。
(二) 抗弁 被告が原告に対し本件処分をなしたのは次の如き懲戒事由があり地方公務員法第二九条第一項、国富町の職員の懲戒の手続及び効果に関する条例第三条による減給処分であり適法なものである。
すなわち、原告は国富町の職員でありながら昭和四一年九月二九日告示、同年一〇月六日施行の国富町長選挙(以下町長選挙という)に関し右選挙立候補予定者渡辺紀を支持する目的を持つて、
(1) 昭和四一年八月二〇日午前一一時頃同町栗巣部落へ出張の帰途、同町仮ヤ原部落在住の訴外松元忠士に対し「近く町長選挙が行われるがこんどの選挙には渡辺さんに頼む」旨を述べて、右渡辺紀に投票するよう依頼し、
(2) 同年九月一八日午前一一時頃同町在住の訴外高橋吉次方を訪問し、同人に対し「今度の選挙で若し、村中田さんが町長になつたら町政は大変なことになるので、今度はどうしても渡辺さんを当選させなくてはならない」旨述べて右渡辺紀に投票するよう勧誘し、
(3) 同年九月二〇日午後二時頃町内に公務出張中、同町川上部落在住の訴外日置光之方を訪問し、同人に対し「今度の選挙には年寄りと若い人が立たれるが若い人に協力してほしい」旨述べて渡辺紀に投票するよう依頼し、
(4) 同年九月五日午前一〇時頃同町若宮部落消防用水溜付近において、同部落在住、訴外奈須定実に対し「今度の選挙には渡辺をおしてくれ、お前の友達やお前が信用できる人達に渡辺をおしてくれるよう勧誘方を頼む」旨述べて渡辺紀に投票並びに投票勧誘方を依頼し、
(5) 同年九月上旬の昼頃同町八代堀内部落福田優方裏国道上において同部落在住の訴外福田親に対し「他でもないが今度の選挙には渡辺紀を頼む」旨述べ、更に、右渡辺の町政に対する抱負等を聞かせ、渡辺紀に投票するよう依頼し、
(6) 同年九月上旬の日曜日の午後一時頃同町八代尾園部落在住の訴外細川正行方を訪問し同人に対し「今度の選挙は年寄りでは駄目で若い者でなければどうにもならんよろしく頼む」旨述べて渡辺紀に投票するよう依頼し、
(7) 同年九月上旬の午後二時頃同町八代的野部落緒方正方において同町上床部落在住の訴外藤枝信男に対し、渡辺紀の町政についての抱負等を聞かせ町長選挙において同人に投票方を依頼し、
(8) 同年九月二〇日午後三時頃町内に公務出張中同町大坪部落在住の訴外中村満吉が畑仕事中同人に対し「今度の町長選挙には是非渡辺を頼む、親しい友達等にもよろしく言つてくれ」旨述べ渡辺紀に対する投票並びに投票の勧誘方を依頼した。
(三) 原告の右各行為は地方公務員法第三六条第二項(公務員の選挙運動等の禁止)ないしは同法第三〇条(服務の根本基準)、同法第三三条(信用失墜行為の禁止)、同法第三五条(職務専念の義務)に違反するものである。処分理由説明書では同法第三六条、第三五条違反により同法第二九条第一項第一、第二号(法令等違反職務上義務違反)により処分すると表示しているがたとえ、右表示の条項に該当しなくとも、同法第三〇条、第三三条、違反としても、同法第二九条第三号によつても、処分する意思を被告は当然に有していたものである。
四、原告の右に対する答弁
被告主張の抗弁事実はいずれも否認する。
五、証拠関係<省略>
理由
一、原告が昭和二五年九月一日より現在に至るまで訴外国富町職員であること、昭和四一年一二月一五日付で被告から本件処分を受けたこと、当時の原告は、同町から月額四万六、八〇〇円(国富町職員の給与に関する条例第三条による行政職給料表二等級八号俸)の支給を受けていたことは当事者間に争いがない。
二、そこで、原告につき被告主張の懲戒事由たる事実が存在するかについて判断する。
いずれも成立に争いのない甲第六号証ないし第八号証、証人高橋吉次の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証、証人松元忠士の証言により真正に成立したものと認められる乙第二号証証人日置光之の証言により真正に成立したものと認められる同第三号証証人高橋正六の証言、原告本人尋問の結果(一部)によれば被告国富町長(当時は村中田愛芳)は被告の抗弁(二)(1)、(2)、(3)の各事実を確認のうえこれに対する懲戒処分として同年一二月一五日付で本件処分をなすに至つたこと、右(1)、(2)、(3)以外の被告抗弁(二)(4)ないし(8)各事実については処分の対象とは考えていなかつたことが認められる。
しかして、乙第二号証及び証人松元忠士の証言によれば被告抗弁(二)(1)の事実が、乙第一号証及び証人高橋吉次の証言によれば同(2)の事実が乙第三号証及び証人日置光之の証言によれば同(3)の事実がそれぞれ認められる。
右各認定に反する原告本人の供述部分は前掲各証拠と対比してにわかに信用し難く他にこれを左右するに足る証拠はない。
三、そこで右(1)(2)(3)の各事実にもとづいてなされた本件処分が適法であるかについて判断する。
前記甲第六号証、第八号証によれば本件処分の辞令、説明書記載の処分理由は地方公務員法第三五条(職務専念の義務)、同法第三六条(選挙運動等の禁止)違反であり同法第二九条に該当するものと表示されている。
然し、前記二掲記の各証拠によれば右(2)の事実については日曜日のことで勤務時間中ではないことが認められるから、同法第三五条違反とはならない。同上各証拠によれば右(1)については公務出張帰途の一時間程度のこと、同(3)については同じく二〇分間程度のことであることが認められる。勤務時間における公務出張中とはいえ右時間程度の立話をすることが直ちに同法第三五条違反として懲戒理由になると解することは早計である。同法第三六条第二項の「特定の人」とは正式の届出により候補者としての地位を有するに至つた者をいい未だ告示前に従つて当然特定の者が候補者としての地位を有するに至る前になされた同項各号列挙行為は、同条項違反とはならないものと解するを相当とするが、原告の右(1)、(2)、(3)の各行為は何れも同町選挙告示前になされたものであること被告の抗弁事実の主張自体よりも明かであり、従つて、原告の右各行為は同法第三六条にいう公の選挙又は投票において特定の人を支持したことに該当しないものである。
然しながら前掲二の各認定の事実及び証人高橋正六の証言により認められる本件選挙の告示の日時によれば原告の右各行為は公職選挙法第一二九条(事前運動の禁止)に同(2)、(3)は同法第一三八条(戸別訪問の禁止)に各違反することが認められるが、右は一般国民全てについて禁止されている行為であり、公務の政治的中立性を保障し、地方公共団体の行政の公正な運営を確保すべき公務員が自己の勤務する町の区域においてかかる行為を行うべきでないことがより強く要請されることはもとより当然であり右違反行為は地方公務員法第三三条で禁止されている公務員の信用失墜行為に該るものといわなければならない。
従つて、原告の右(1)、(2)、(3)の各行為は同法第三三条に違反し、同法第二九条第一項第一号により懲戒事由となるものと解するを相当とする。
しかして、証人高橋正六の証言によれば被告が原告を処分するに至つたのは原告の右各行為が公務員として行うべきではない行為として懲戒処分の対象としたものであることが認められ、他に右認定に反する証拠はない、として本件全証拠によるも被告において同法第三五条、第三六条違反の故のみを以つて処分をするに至つたもので同法第三三条違反としては処分しないとの意思を有していたとは認められない。
以上要するに被告が原告の右(1)、(2)、(3)の各行為を同法第三六条、第三五条に違反するとして同法第二九条を適用したのは法的価値判断を誤まつたことになるが、原告の右各行為は同法第三三条に違反し、結局同法第二九条第一項第一号に該当するのであり、本訴の制度的目的が本件処分自体の適否の審判であつて処分理由書等記載の適否の審判ではないことに鑑み、右の点は本件処分をして違法ないし著しく不当ならしめるものではないというべきである。
そうすると原告の前記(1)、(2)、(3)の各行為にもとづいてなされた本件処分は結局適法なものと認めることができる。
四、従つて、その余の点(就中、被告の抗弁(二)(4)ないし(8)の各行為の主張の可否、その存否等)につき判断するまでもなく本件処分の取消を求める原告の本訴請求は理由が無いので失当として、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 本吉邦夫 近藤寿夫 松村恒)